比較地域研究論第6回用メモ

表題:研究手法の選択:所謂「量的分析」と「質的分析」を中心に

1.復習+α
 1)研究の「専門領域」からのアプローチ、からの示唆

 ○学問的関心の方向性から、「解<に値する問題」を見つけ出す → その大きな方向性

 a)「パラダイム」に乗る − 但し、既に「乗り遅れている」(流行っていることを今からはじめると、出来上がる頃には時代遅れになる)ことを理解しないといけない
 長所:とりあえず簡単、短所:インパクトある研究をすることは難しい(+1になってしまう)
  (発想:パラダイム → 適切な事例)

 a')もう少し現実的なアプローチ − 自らの持つ事例が「パラダイム」にどのような修正を与えら
れるかを考える
  (発想:パラダイム → 事例 → 修正されたパラダイム)
 cf.「輸入する」 − 今では非現実的且つ国際的には競争できない

 b)「パラダイム」を作る − 学術領域に大きな貢献をする枠組み自身を考える
 (発想:事例 → パラダイム)長所:成功すれば新鮮、短所:難しい

それぞれのコツ

 a)とにか<、単なる+1、にならない −最低限、「検証」の役割を果たす(「検証済み」の問題は適切ではない)
→ とりあえず、同じ方法で分析してみる
→ 結果の検討(十1にしかならない場合には、別の意味づけができないか考える)
→ 尤も、手っ取り早く、且つインパクトの大きいのは、「反例」を示すこと
このチャレンジのあり方としては、
 (あ)通説の否定 − しかし、「反例」―つでは、通説の否定は困難
 (い)通説の補完 → a’へ(通説が見落としていた変数の発見)

 a')基本的にaと同じ → 但し、最初に「パラダイム」の含意を考える
  (あ)行き当たりばったりなやり方
   「事例」を工夫しながら複数分析する − 各々の「プレ」から、隠された変数を発見する
  (い)「パラダイム」が用いていない、当該地域において観察容易な「変数」を操作可能にして組み入れる
   → 当該地域からアプローチする「専門領域」への貢献完了(パラダイムの高度化、発展)

 b)二つの基礎作業.「抽象化」(固有名詞を使わずストーリーを作る)+比較(類似した事例の発見)

注意
 よりよい「パラダイム」を作る為には、事例から自由である方が望ましい(実は最も理論志向)
チェックポイントしての、
 (あ)飛躍のない論理的な説明可能、(い)普遍的な存在(の可能性)
→ 特定の事実を、「普遍的な論理的な展開」と、(とりあえず)看倣す
→ 既存の「専門領域」における「パラダイム」との比較検討
ここで、
 「少しずるいやり方」としての、「古いパラダイムの新しい事例を以ての掘り起こし」(或いは「言い換え」)
→ 但し、この場合、古いパラダイムが如何に駆逐されていったかを、チェックする必要あり

→この過程を「逆向き」に進む

2.てがかりとしての量的分析と質的分析

 ○量的分析 → 数値化されたデータを用いた分析
 ○質的分析 → それ以外のもの

両者の長所と短所
 ○量的分析
 長所:1)「科学的」、2)分析が容易、3)比較が容易
 短所:1)現実社会からの遊離の可能性(後述)、2)データベースの制約
 ○質的分析
 長所:1)方法によっては現実社会との関係が担保されている、2)観察ポイントを比較的自由
に取れる
 短所:1)非科学的でデータと結論の関係が流動的、2)比較が困難

現実社会の中で考える:量的分析に関する考察からのアプローチ

1)客観的状況 → 主観的認識(A) → 主観的行動(A) → 客観的行動(A)

 ○量的分析の前提としての「強い仮説」と「弱い仮説」
 A.「強い仮説」:客観的状況が、直接的に人々の客観的行動の変化を資す
   → これは断定、或いは、経験的観察によってしか担保されない
  (科学的根拠のない断定、或いは、経験的観察によって、科学的議論が担保されている)
  B.「弱い仮説」:客観的状況が主観的認識の変化を資すことにより、人々の客観的行動の変
化を資す → この場合は、主観的認識の変化も、量的或いは質的に、分析しなければならない

2)客観的状況/主観的認識 → 数値化されたデータ
 O「数値化」の過程での「ノイズ」の発生 → データの信頼性
 ex.「同一商品」の価格一厳密には「同一の商品」は存在せず、仮に設定されたもの
  「民族」に対する「自負心」 − 「民族」という言葉の含意は、国や地域によって異なる
このことは、
 「信頼できるデータセット」がある場合には、量的分析は容易だが、それが存在しない場合には、研究者がこのリスクを負わなければならないことを意味している。 → 小規模で、個人的な調査の場合には、避けたほうが良い(∵不要なリスクは負わないほうが良い)

1)、2)の双方から言えることは、
 その意味で、一見、「科学的」に見える量的分析も、実際には、「科学的手法を一部で用いている分析」にしか過ぎない

3)量的分析の限界
 ○客観的データから得られた因果関係→それが現実の社会でどういう意味を有しているかは、結局、「解釈」の問題
→事例そのものに対する知識を有していないと、この「解釈」で間違えることになる(量的分析の問題の大半はここ)
 O「誰も知らない因果関係」/「誰でも知っている因果関係」
  前者 − 主観的なゲームには理論上反映されない → どうやって現実の人々の行動に影響を与えるかは困難
→ 「繰り返しゲームとしての社会現象」を(断定以外に)説明することは困難
  後者一学問的には意味があるが、インパクトは大きくない(人々の認識を変えない)

基本的問題は何か一実は同じ問題は質的分析も負っている

1')自らの発見した「変数」が人々の行動や社会の行動にどのような影響を与えるか?
→この分析や解釈は甘<なり勝ち

2')自らの提示するデータ、或いは「まとめ」を作り上げるまでの「ノイズ」:量的分析以上のノイズ
があることが寧ろ普通

3')「解釈の正しさ」は、「人々の有する主観的理解との一致度」に、必ずしも従わない
  「常識から外れた分析結果」をどう考えるかも、共通の問題

だとすると、ポイントは、
 個々の研究者が、如何に、「無駄なリスク」を負わず、「無駄なコスト」をかけずに、分析する
か、ということ
言い換えるなら、
 不要な、la)「研究者による断定」、lb)幅広い分析、2)不要で膨大なオリジナルデータの作成、は、できるだけ避けるべきであるし、3a)解釈をチェックする知識・方法を担保し、自らの研究の聴衆のニーズにあった、3b)因果関係、が必要

まとめ、研究とは、

 1)「社会」における基礎的状況のチェック → 2)「意味ある」問題発見 → 3)問題分析に合致したデータセット作成 → 4)データセットの分析による因果関係の発見 → 5)因果関係の解釈 → 6)聴衆にとって役立つ知見の発掘→7)「社会」へのフィードバックの為の研究成果の編集

、という7つの過程からなる → どの手法を用いるかは、どれだけ楽をして近道できるか、に依存している
→手法に拘泥せず、どう組合せれば、最も有効か、ということを考えるべき

例:1)量的分析に固執して、怪しい統計的データをも動員する、2)質的分析に固執して使えるデータを使わない

おまけ:いろいろな捕逸

1)量的データは因果関係の分析のみにだけではな<、「描写」にも有効に用いることができる。
2)因果関係を統計的に推定できるだけのデータセットを作ることは困難であるが、「描写」の為の
データは簡単に造ることができる。
3)内容分析や会話分析、観察においても、量的データを作り、用いることができる。
4)信頼ある量的データにより説明することが可能な場合には、同じことを敢えて質的データにより
説明する意味はない。質的データの方が客観性が落ちることが普通だからである。簡単に作れる
のであれば、或いは、信頼できるデータが存在するのであれば、量的データはできるだけ利用す
べき。
5)アクターの数が少ない場合には、量的データを用いることは無意味。アクターの主観を直接明
らかにすべき。
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