木村幹の韓国近現代史「写真コラム」


山の上に「街」があった頃
− 1990年前後の韓国を振り返る −


このページの解説

「1年前は日帝期、3年前は三国時代、10年前は石器時代」。以前、とある外資系金融会社の経営者のインタビューを行った時、彼が韓国社会の移り変わりの早さを表現してくれた言葉です。このページでは、今では失われてしまった、1990年前後、未だ「NIEs」であった頃の韓国の一面について写真にて紹介します。

最初は、光化門と国立中央博物館(当時)。光化門には、「盧泰愚大統領夫妻ソ連公式訪問」と書かれている。冷戦終焉が近づくことにより、分断国家であった韓国はようやく旧東側諸国と公式関係を結ぶことができるようになった。
同じ年の汝矣島広場。1987年大統領選挙における各候補者の「百万人集会」が開催されたこの場所は、甞ては飛行場であった。公園の名物は「レンタサイクル」。自転車に乗っている人々は、当時韓国では珍しかった自転車に乗ることを「楽しんで」いる。この公園は現在では緑地化されている。

1993年、ソウル市内、冠岳区奉天洞の風景。甞てはソウル近辺の小高い丘には、このような低所得者達の住宅が密集して存在していた。遠くには、このような住宅地を撤去して新たに作られた高層アパートが見える。1990年代後半、このような街はソウル市内から相次いで姿を消した。







同じ地域の写真。僅か10数年にして、今日、街並みは一変した。



こちらは、同じ冠岳区の新林洞の写真。やはり再開発が進められている。このような再開発時に、「不法占拠者」の排除を伴うことになり、住民との衝突をたびたび引き起こした。
この地域は、韓国の超名門大学、ソウル大学がおかれている地域でもある。加熱する受験戦争だけは今も変わらない。写真は、大学入試の日、大学生門に掲げられた各高校の「応援幕」。




当時の地方都市の一風景。上は釜山、下の2枚は全州。撮影は1989年。金大中の政党であった「平民党」の看板が見える。


1990年の水原の市場と、その裏通り。当時の市場の裏通りには、このような簡素な建物が建てられていることが多かった。

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木村幹の韓国近現代史『写真コラム』

近現代朝鮮/韓国史の目撃者たち:目次

韓国は如何に現代史を「祀った」か
− その1・顕忠院(国立墓地)−

韓国は如何に現代史を「祀った」か
− その2・北岳山「先烈墓域」−

韓国は如何に現代史を「祀った」か
− その3・居昌事件追慕公園−

朝鮮総督府・米軍政庁・(大韓民国)国会議事堂・中央庁・国立中央博物館
− 数々の顔を持った今は無き建築物−

1992年第14代大統領選挙写真集
− 大演説集会のある風景 −

山の上に「街」があった頃
− 1990年前後の韓国を振り返る −

木浦の旧日本家屋
− 「日本人の住む街」でもあった港町 −


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