木村幹の韓国近現代史「写真コラム」


1992年大統領選挙写真集
− 大演説集会のある風景 −
(撮影・1992年11月〜12月)


このページの解説

 韓国の大統領選挙の方法もインターネットやその他のメディアの重要化で、甞てとはずいぶん姿を変えてしまいました。このページでは、依然として、演説集会への大量動員作戦が重要な役割を占めていた、1992年12月の大統領選挙を写真にて紹介します。

この選挙における与党、民自党候補・金泳三の選挙戦略は、豊富な政治資金を生かして全国を回る「伝統的」なものであった。写真は、楊平にて演説する金泳三。運動初日の風景である。


演説会場では必ず、演説の前に、農楽等のエンターテイメントが行われる。上はその風景。下は動員されてきた政党婦人会。候補者のポスターを持って並んでいる。
同じ場所ではその約1時間後に、民自党を離党して立候補した李鍾賛の演説集会が行われた。この年、李鍾賛は金泳三と民自党候補者の座を争った。写真は、彼の演説会場を「盛り上げる」人々。歴然たる組織力の差は冷酷というしかない。
集まりの悪い会場を見て当惑した表情を見せる李鍾賛候補。選挙戦直前には、金泳三・金大中の二大有力候補に対抗する、ダークホースに近い評価を与えられていた彼は、この後、選挙資金の枯渇もあり、選挙戦から脱落することになる。
支持者に応える李鍾賛。楊平における金泳三と李鍾賛のの勝敗は明白であった。


一転して原州における民主党候補・金大中の演説集会。与党の地盤である軍事都市での集会はなかなか人が集まらない。聴衆は遠くから見守るばかり。
聴衆が十分に集まるまでに集会の前座を務めるのは、地元の党幹部の仕事。演壇から遠く離れて座る聴衆を手招きで呼び寄せている。
ようやく聴衆が集まったところで、いよいよ金大中登場。司会は、「金大中博士」と紹介する。
演台での候補の座る位置にも理由がある。党幹部と同列に並んで座る他候補とは異なり、金大中は、一人離れた場所に座る。「大物ぶり」を演出する工夫の一つである。

演説開始。金大中の近くにできるだけ並ばない理由は、実は彼の身長がそれほど高くないことも理由の一つである。
動員された女性支持者達。
李鍾賛脱落の後、この大統領選挙において、金泳三・金大中に次ぐ、位置につけたのは、現代財閥の総帥、鄭周永であった。この年3月の国会議員選挙にて旋風を巻き起こした鄭周永の国民党は、満を辞して彼を大統領選挙に送り込んだ。第三政党でありながら政治資金が潤沢であり、大量動員戦術を用いた大集会を頻繁に開催した。写真は、汝矣島公園にて行われる鄭周永の演説会場に向かう人々。甞ての飛行場をそのまま公園化した汝矣島公園は、1987年と1992年の二回の大統領選挙において、各候補者が所謂「百万人集会」を開いた場所である。
同じく汝矣島での大集会の為の、巨大な演台。演説までの間は、芸能人のショーなどで盛り上げてゆく。
集会に動員はつきもの。地区毎に動員された支持者達は、所定の場所に集合しなければならない。


この選挙において存在感を見せたのは、弁護士出身で無所属の朴燦鍾。組織力と資金力に勝る他候補者達を相手に、旋風を巻き起こした。都会での目線を支持者達のところまで落とした選挙戦術は、明らかに他候補者達と一線を画していた。写真はソウル市内、新村での演説会。1997年の選挙では新韓国党の指名を目指して善戦するが敗戦、立候補することができなかった。



この年の選挙において異色だったのは、在野運動家の白基玩。選挙戦そのものにおいては、泡沫候補でありながら、上のスローガンに見られるような「独占財閥解体、民衆経済実現」は、この当時の韓国においては、「過激」なものであった。写真は、ソウル市内大学路での演説会。




運動の主力は学生達。警察との間には緊張もあったが、運動はどこか学園祭風でもあった。




この選挙に立候補したのは8名。大統領選挙とはいえ、泡沫候補の運動は孤独である。中は正義党の李丙昊、下は無所属の金玉仙。


選挙戦最終日、ソウル市内龍山駅前広場にて行われた、民主党・金大中候補演説会。この頃になると選挙の帰趨は最早、金泳三と金大中の対決に集約されている。集会は熱を帯び、広場には人があふれ返った。上は演説する鄭大哲議員(後の民主党代表)。下は演説会場で人ごみを掻き分けるスルメ売り。



対照的に盛り上がらない、選挙戦最終日の国民党演説会。場所はソウル市内、鍾路国民学校。選挙戦初日、金泳三と楊平で対決した、李鍾賛はこの日、ここにいる。上はその写真。自らの選挙戦を放棄した彼は、鄭周永陣営にはせ参じた訳である。盛り上がらない会場の中、金東吉の熱を帯びた演説が空しく響いた。
演説する鄭周永。長い選挙戦の果ての疲れを隠すことはできなかった。
選挙戦に勝利したのは金泳三。当選後、彼はこのようなポスターを全国各地に張り出した。「国民の皆さん、ありがとうございます。必ず新しい韓国を作り上げて見せます。大統領当選者、金泳三」と書かれている。5年後、彼は未曾有の通貨危機の中、政権を去ることになるのである。

木村幹の韓国近現代史『写真コラム』

近現代朝鮮/韓国史の目撃者たち:目次

韓国は如何に現代史を「祀った」か
− その1・顕忠院(国立墓地)−

韓国は如何に現代史を「祀った」か
− その2・北岳山「先烈墓域」−

韓国は如何に現代史を「祀った」か
− その3・居昌事件追慕公園−

朝鮮総督府・米軍政庁・(大韓民国)国会議事堂・中央庁・国立中央博物館
− 数々の顔を持った今は無き建築物−

1992年第14代大統領選挙写真集
− 大演説集会のある風景 −

山の上に「街」があった頃
− 1990年前後の韓国を振り返る −

木浦の旧日本家屋
− 「日本人の住む街」でもあった港町 −


Kan Kimura's Homepage, Japanese Edition

 

 

inserted by FC2 system