「『韓国併合』の歴史学的・国際法学的再検討」ワークショップ

2001.4.28.於・京王プラザ多摩

第4セッション 原田環報告へのコメント

神戸大学大学院国際協力研究科 助教授

木村 幹

はじめに

 コメント担当者 − 第一ワークショップに参加しておらず、議論の方向性を明確に理解していない

1.セッションへの視点

 原田・李泰鎮両教授 − 日韓における歴史研究の代表的研究者

→ 歴史学がこのプロジェクトにおいて何ができるかを探るには絶好の場

→ 特に、国際法が果たすであろう、このケースを巡る「合法・不法」の議論に歴史学がどのように貢献できるか

2.「韓国併合」論争への視点

○ 法的論争 − 論争と「対話」を持つことは相互理解を深めるために重要だが、同時に一種の「論理の遊び」の傾きを有しており、特にそれが裁判による解決を前提としない場合、「終りなき論争」と化する可能性あり

○ 歴史的論争 − 一見資料に基づき「客観的」なように見えるが、少なくとも究極的には、「過去というなの無限の素材から、分析者が自らの視点に基づいて事実を配列し、非現実的因果連関を形成したものに過ぎない」(M.Weber)

→ どちらの議論においても一定の「視点」を前提にした議論であり、我々はこの単純な事実にこそ向き会う必要がある

→ 事実以前に存在する、各々の分析者の基本的視点(実証しようとしているもの)が何であるかを確認しなければならない

3.「歴史学」の果たし得る役割

 前提としての資料収集 → しかし、「何」を集めるのか

→ その戦略を立てるためにも、「結論」にいたるまでにどのような「ストーリー」があり、研究の対象となっているアクター等がどのように位置づけるか、を整理しなおす方がよい

 このワークショップにおいて特に重要なのは、

1)「併合」の様態がどうであったのか、であると同時に、

この分析の(暫定的)結果を前提として、

2)なぜにそのような結果(更には結果の「形式」)になったのか、という、因果関係から考える姿勢であろう → そうでないと、膨大な資料集ができても、これを適切に生かすことはできない

→ 少なくとも、どのような因果連関の論理的可能性が仮説としてあるかの、議論を尽くしておくべき

4.あり得べき可能性

 それではどのような可能性があるか − 長期的視点を中心に

1)韓国併合 − 東アジア世界における、前近代的国際秩序から近代的国際秩序への「移行」を巡る諸問題の、一「解決」

 1860年代から1910年までの日韓の関係・紛争は、それこそが中心課題であった

→ 何故に日韓の間においては、この問題が実に半世紀近くに渡って問題でありつづけ、しかも悲劇的な結末を見なければならなかったか

→ そしてそもそもこの「移行」はどのようなものであり、どのように理解されるべきか

→ 国際法との対話

2)上を前提とした上での、1905年を巡る「時期」の理解

→ そもそも日本は、そして、韓国は何故にそのように行動したのか(せざるを得なかったか)

→ 韓国(政治)史からの視点としては、そもそも、この時あった「大韓帝国」とは何であり、どのように考えるべきか

 例・「制度」の実行(4/27 原田→李泰鎮) − 基本的認識の共有の欠如

     「失われた10年」 − 近代韓国史において韓国が異例のフリーハンドを有した機関に何故「富国強兵」が進行せず、逆に1905年の結果として出現する「親日派」を生み出すこととなったのか

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