ひょうご講座用レジュメ(6月30日分) ★2001年10月22日修正済み

検証・20世紀の日韓関係

神戸大学大学院国際協力研究科 助教授
木村 幹

はじめに − 現代日韓関係を見る視点
「歴史的事実」とそれを巡る、両国の「認識」のズレを中心に

1. 日韓関係の前提条件(1) − 韓国ナショナリズムの論理構造
 A. 「朝貢体制」以来の「小国」意識
 B. 「小国の論理」と、韓国の国際秩序観 − 非水平的な日韓関係

2. 日韓関係の前提条件(2) − 「勝利なき解放」
 A. 植民地支配清算を巡る日韓の論議の特殊性(他国との比較) − 繰り返される同じテーマ
 B. 「ルサンチマン」と、「合意のプロセス」の欠如 − 「ズレ」は何故存在するか
 C. 日韓条約(1965年)の失敗 − 失われた「対話」のチャンス

3. 日本側の認識 − 分裂する「無知」
 A. 戦前の意識 − 白人至上主義の「日本的」受容
 B. タブーとしての「朝鮮/韓国」 − 語れない対象と在日朝鮮人問題とのリンク
 C. 世代間の「ズレ」 − 普通の国?と、「知韓国派」の二種類の政治化

4. 韓国側の認識
 A. 植民地支配の認識 − 「押し付けられた近代化」をどう考えるか
 B. 「東アジア的」秩序観 − 「あるべき秩序(歴史)」の当然視
 C. 求められる日本の「役割」 − 「自国認識」の延長線として

5. 個別事象の検討
 A. 李承晩ラインと竹島 − 「法」と「正義」と「利益」の狭間で
 B. 従軍慰安婦と強制連行 − 「戦後世代」による民族史追体験
 C. 教科書問題 − 「正しい歴史」をめぐって

おわりに − 国内問題と日韓関係の「縺れたリンク」
→ どう「解き放つ」か?

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6月30日の講義のポイント
今日における日韓関係 − その最大の障害としての、所謂「過去の清算」をめぐる問題
→ 1)何故に解放後50年以上を経た今日においても、問題であり続けるのか?
言葉を変えて言うなら、
 「我々(日韓双方)は、どこで『間違えた』のか?」
次にこれ以外にも日韓の間に存在する様々な問題
 2)これらの問題は、「過去」の問題とどのような関係を有しているか?

さて、この問題を理解する上での、重要な歴史的流れ

★「1945年8月15日」 − 朝鮮半島の解放

朝鮮半島解放の世界史的特色
1. 歓迎された日本からの解放 − 他植民地との共通性
→ ソウル(京城)に限らず、台北等においても、この日の解放は、人々の歓喜を以て迎えられる
2. 民族運動の結果と連結しない解放 − 他植民地との明確な相違
背景
三一運動(1919年) − 運動の絶頂期
→ しかし、運動は、(い)日本の抑圧、(ろ)運動継続の資源の不足、(は)列強の支援の欠如、等により、急速に沈静化 → 解放直前には「独立」を明確な目的とした民族運動は、朝鮮半島内に、事実上存在しない状態に
結果としての、
1940年代の朝鮮半島 − 極度に抑鬱的な社会的雰囲気の出現(閉塞感)
CF.田中英光『酔いどれ舟』
例・インドの「解放」 − その主たる要因が、ガンディー、ネルー、ジンナー等の民族運動であることは余りにも明らか
 エピソード − 初代首相ネルーによる初代独立インド総督(インドはこの時点では英連邦構成国。総督は名誉職)へ、最後の植民地インド総督、マウントバッテンを任命
→ その背景に存在するのは、「独立運動 → 独立交渉 → 独立」という、手順の存在
即ち、
この形式においては、a)「過去」に対する明確な「清算」の存在、b)独立闘争における「勝利」の結果としての、新興独立国側の旧宗主国に対する「優越感」の存在、c)旧宗主国側における独立への「納得」と交渉の経緯の中での一定、且つ明確な影響力の残存
これに対して、
朝鮮半島における解放は、それが日本の「自失」により行なわれた結果、a)それ自身において明確な「清算」の過程を有さず、b)民族運動による旧宗主国への「勝利」の結果としての、「優越感」を直接的に齎さず、c)旧宗主国側にその解放への「納得」を与えることなく、d)且つ一挙に旧植民地から宗主国の一切の影響力を奪い取る結果となった
この結果として生じた状況は、
韓国
1.「ルサンチマン」の残存 − 日本に勝利したいという欲求
2.「スケープゴート」としての国内の「日本」
3.「内なる日本」との葛藤 − 自分自身における「清算」の必要
例・誰が「親日派」か? → 境界の困難性、亡命運動家への権威の集中
日本
1. 旧植民地に対する「優越感」の継続 − 「彼等には敗れていない」
2. 「無知な善意」の継続 − 「無知」が故の朝鮮/韓国社会・民族の理想視
→ 朝鮮/韓国人と戦わなかった日本人は、彼等を知ることもなく、知る必要も感じなかった

★1948年8月15日と1951年9月8日 − 二つの分離した「独立」

1948年8月15日 − 大韓民国独立式典
大韓民国独立の世界史的特色
1.「分断国家」としての独立 − 「諸手をあげて歓迎できない」独立
→ 大韓民国は通常の新興独立諸国なら有していた、国家としての「正統性」を有することができず
理由 1)北朝鮮との「正統性の競合」による正統性の相対化
    2)「勝利なき解放」の結果としての正統性の弱化
→ これを政治的・心理的に補うために、「関係を有さぬ日本」への批判
→ 李承晩による「反日」的姿勢
2.独立後における旧支配者(=アメリカ)への依存

1951年9月8日 − サンフランシスコ講和条約調印
その特色
1.「連合国」からの大韓民国の排除 − 大韓民国臨時政府による参戦の否定
2.講和後におけるアメリカとの同盟関係
→ この結果として、日韓は独立後、1)互いに国交を有さぬものの、2)事実上の盛んな交流をもち、3)しかも、それがアメリカとの同盟関係により、間接的に結ばれる、という極めてあいまい且つ双方にとって「ある意味で居心地の良い」状態が出現
∵ 韓国にとっての対日修交
− 日本の賠償を含む「屈服」を前提にせねば考えられないが、それを現実化させることは極めて困難
∵ 日本にとっての対韓修交
− 「帰属財産問題」を含む複雑な関係を抱えており、加えて経済的交流が既に存在する以上、国交をすぐに回復する必要はない
→ 今日の日台の関係にも似た中途半端な状態

★1965年6月22日 − 日韓条約

背景
1.韓国を巡る状況の変化 
1) 1957年頃をピークとしたアメリカの対韓援助の減少 → 援助依存型経済における緊急の外貨必要
2) 北朝鮮における経済建設の進展+朝ソ相互防衛条約締結(1961.7.) − 南北ギャップへの懸念
3) 朴正煕政権による内資動員型経済発展戦略の挫折
4) 朴正煕政権主要人物の日本への親近感 − 「親日派」政権としての朴正煕政権
2.日本を巡る状況の変化
1) 新安保条約締結による、日米同盟路線の定着 − 「北朝鮮というオプション」の消滅
2) 「ドミノ理論」の影響 − 政治・経済両面における韓国崩壊への懸念
しかしながら、
 このような状況の変化は、それ自身が甞てより存在する問題を「解決」した訳ではない
→ 結果としての、過去を巡る諸問題を「回避」した形での、日韓条約
例・(旧条約は)「もはや」無効である − 日韓併合等の違法性を巡る議論の回避

★教科書問題

以上の流れの中で重要なことは、
 通常なら、独立 → 国交樹立の過程で解決されるべき「植民地支配」を巡る、旧宗主国と旧植民地の間の議論が、「公的解決」を見ないまま、持ち越されてしまったこと
→ 「公的解決」なき「議論」の終わりなき展開
∵ 歴史、就中、「物語として語られる歴史」においては、「正しい歴史」などは存在しない
→ 歴史とは「無限の内容を持つ過去」から、後世の人間が「自らが重要であると考える部分を抜き出して再構成したもの」に過ぎない
言い換えるなら、
 歴史とは、無限に「語る」ことができるもの → しかし、国際関係については、何らかの「けじめ」が必要
→ 「公的決着」の必要性
そして、日韓両国は、この問題に対して、
 普通なら存在する「解決のチャンス」を与えられず、またそれを回避したまま、来てしまった
言うまでもなく、
 それを最も象徴的に表しているのが、所謂「教科書問題」 − これは歴史の議論ではなく、歴史をどのようなストーリーで語るか、の問題
CF.教科書の細部に問題があるのは、どの教科書も同一
∵ 教科書とは常に「20年前の通説」を書いたもの、だから

結果として、
 日韓両国は、「過去」について、共通理解を持つことなく、今日の(友好)関係に至る、という、(現代)世界史的に見て、奇妙な関係を構成している
その表れとして、

★竹島(独島)問題

 両国の間で展開される通常の議論 − 「固有の領土」論
◎韓国 − 独島は三国史記に出る「于山島」であり、一貫して、歴代の朝鮮半島諸王朝の支配下にあった
◎日本 − 竹島は歴代の朝鮮半島諸王朝の実効支配を受けておらず、特に朝鮮王朝による「空島政策」下においては、支配は放棄され「無主の地」となっていた。寧ろ、江戸期においては日本漁民の入漁の地となっており、日本に属するべき土地である。1905年、島根県に編入されている
しかしながら、
 本来領土と言うのは、「固有」であれ何であれ、有効な国際条約が存在すれば譲渡可能なものであり、条約の内容を議論すればよい筈 − 世界に「固有の領土」などというものは存在しない
→ 具体的には、サンフランシスコ条約での「日本領土」に入るか否か、が最重要
が、これもサンフランシスコ条約、及び、日韓条約がこの問題に沈黙したため、未解決
→ 終わりのない、不毛な「固有の領土」論 − 議論としては幾らでもできるが、決着はつかない

★従軍慰安婦・強制連行問題と「李承晩ライン」

 もう一つ、今日の日韓関係を見る上で、重要なポイントとしての、80年代以後の新たなる紛争の存在
→ その典型としての、「従軍慰安婦・強制連行」問題(メカニズムについては先に説明済み)
ここでの問題は、
 何故にこれらの問題が、韓国から、解放直後や日韓条約締結時ではなく、80年代以後になって表れたか
(実は、先の竹島問題も、教科書問題も、80年代以後、活発に議論される)
重要なのは、
 「過去」そのものではなく、ある特定の「過去」に注目する「今」の重要性
それを考える上での、50年代との対比
50年代における典型的紛争としての、「李承晩ライン(李ライン)」X竹島問題
→ 日本統治時代の曖昧であった日朝両漁民の「住み分け」を、二つの主権国家間でどう「引きなおす」か
→ 元来は済州島近海の漁業権を巡ってのものであったが、その線引きの中で、竹島を含ませた結果、この二つの問題はリンクすることとなる
重要なことは、
 この時期における紛争においては、この時代の社会に見合った(経済的)背景が存在したこと
では、
 これに対して、従軍慰安婦・強制連行問題 − 興味深いのはその中心になっているのは、当の本人達であるよりも、寧ろ、より若い、当時20代前後の世代であること
彼等の世代的特色
1) 日本統治や朝鮮戦争を経験していない
2) 北朝鮮の深刻な脅威を感じておらず、若年期に比較的裕福な生活を経験している
このことは、次のような効果を齎す
1) → これらの「忌まわしい過去」について、現実的な経験を有していない
2) → 経済的・軍事的「余裕」故の、日米両大国への果敢な挑戦(若さだけではない)
→ 過去を知らない世代による、過去を問題とする、反日・反米運動
→ この過程の中での、彼等による、過去の再発見、の試み
ここで厄介なのは、
 「過去の世代」は、従軍慰安婦や強制連行の問題について、自身の直接的経験に基づく忌まわしい(忌まわしすぎる)事実と、それを取り巻く全体状況を知っており、これを全体として理解しているのに対し、「新しい世代」は、これを「勉強」により個別、且つ抽象的にしか「追体験」することができないこと
→ 結果としての、「過去の世代が当然に知っていること」に対する、「新しい世代による個別的・抽象的再発掘」が行なわれることに
→ 60年代頃までの「大枠」での議論から「個別」の議論へ
→ 議論の一層の混乱
そして、勿論、
 このことは日本においても同様 → 過去を知らない世代による、個別的・抽象的歴史「発掘」

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