2003.7.26日韓歴史共同研究委員会報告用レジュメ

朝鮮半島における近代化と「政治文化」の形成過程
− 自らの研究史を中心に −

神戸大学大学院国際協力研究科 助教授
木村 幹

報告者の関心

1.基本的なスタンス
 a)理論的な関心を前提に、ケースに対する分析方法を考える。
 b)個々の事件等の歴史的経過そのもの追うことよりも、それが何故、そのように展開したのかを論理的に再構成し、できる限り普遍的な枠組みへのフィードバックを行う。
 c)そのためには個々の時代をばらばらに考えるのではなく、各々の時代的連関を考えながら、全体として、理論的関心を説明するに相応しい「因果関係」を再構築する。

2.理論的関心
a)社会の中において「象徴の体系としての文化」はどのような役割を果たしているか。
b)我々が生きる近代社会において、適合的な「文化」とは何か。それはどのようにして形成されるのか。

3.ケーススタディとしての朝鮮半島(特に韓国)の意味
 a)顕著で対比的な「失敗」と「成功」の経験 − 19世紀後半における適合の失敗と、20世紀後半における適合の成功
 b)排外的な外見と、協調的な行動 - 「激しい」運動と、外界への順応

既存の日本における朝鮮近現代史研究に対する理解

1.問題点
 a)様々な「神話」にとらわれ、ミクロな問題に集中しすぎている結果として、全体としての歴史的流れが見えなくなっている。
 b)社会の側の関心に引っ張られている結果として、学問的には重要であっても、社会が関心を持たない時代については研究がなされない。その典型は、三一運動以前の1910年代、及び、朝鮮戦争前と朝鮮戦争後の第一共和国期である。
 c)個々のイシューに対しても、プラスのイメージ、あるいは著しいマイナスのイメージをもたないもの、さらには白黒つけがたいものについては研究が行われない。日本統治期の政治経済システムと民族運動の関係、権威主義体制下の与党や、政権側のイデオロギーに対する研究は事実上、行われていない。
 d)結果として、朝鮮近現代史研究と他の研究分野との対話が不可能となっている。

2.目指すべき方向
 a)社会からの要求に左右されない、より学術的で、他地域と比較可能な枠組みでの議論が必要である。
 b)そのためには日韓の間だけではなく、他地域に対する歴史研究の成果をいれて議論をやり直すべきである。

研究史の再構成

全体としてのテーマ:近代社会における「イデオロギー的枠組み」 − 韓国を事例として
進行のイメージ
○ ネーションに対する説明の形成 − 韓国における「あるべきネーション」とは如何なるものか → 研究1へ
○ ステートに対する説明の形成 −韓国における「あるべき国家」とは如何なるものか → 研究2へ
○ 体制に対する説明の形成 −韓国における「あるべき体制」とは如何なるものか → 研究3へ?


研究1:朝鮮/韓国ナショナリズムの形成過程
[著書A 『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識 − 朝貢国から国民国家へ』(ミネルヴァ書房、2000年)]

 Q.一見すれば「非合理的なまでに」「強い」ナショナリズムを持つように見える韓国が、最終的に安全保障面ではアメリカに、経済的には官民双方の外資に依存するような「合理的な」状態は、どのようにして可能となったのか。そして、彼らはそれをどのように自らに「説明」したのか。
 A.韓国のナショナリズムは、「自分達は『小国』であり、だからこそ外部から援助を受ける当然の権利がある」という論理を有しており、その結果、「外界への強い要求」と「外界への依存」の共存が可能となっている

論文等 概要
1)「『儒教的レッセフェール』と朝貢体制 − 近代朝鮮における『上からの改革』を巡る一考察− 」
『法学論叢』第131巻第6号 34-66頁
『法学論叢』第133巻第4号 21-43頁

2)「産業社会における分業と政治 − アーネスト・ゲルナーからの考察」
『愛媛法学会雑誌』第20巻第2号 141-188頁

3)『徳治』の論理と『法治』の論理 − 儒教文化圏における国家と政治に関する一考察」
『愛媛法学会雑誌』第20巻第3・4合併号343-396頁

4)「近代朝鮮の自国認識と小国論 − 金允植に見る朝鮮ナショナリズム形成の一前提」
『愛媛法学会雑誌』第21巻第2号 111-145頁
『愛媛法学会雑誌』第21巻第3号 127-164頁

5)「李完用に見る韓国併合の一側面」
『政治経済史学』第351号 1-18頁
『政治経済史学』第352号 24-42頁

6)「平和主義から親日派へ − 李光洙・朱耀翰に見る日本統治下の韓国知識人の一断面− 」
『愛媛法学会雑誌』第22巻第2号 139-193頁

7)「小国意識」とナショナリズム − 李承晩に見る韓国ナショナリズムの一帰結− 」
『愛媛法学会雑誌』第22巻第3・4合併号161-190頁

8)「朝鮮/韓国のナショナリズムと小国主義」
『あうろーら』第2号 99-111頁

9)「国家の『強さ』と社会 の『強さ』 − 韓国近代化における国家と社会−」
『文明装置としての国家・比較法史研究 − 思想・制度・社会 5』 比較法史学会 

10)「『臣民』からネーションへ − 韓国におけるネーション意識形成への一考察」
『愛媛法学会雑誌』第23巻第2号 103-137頁
1860年代、ウェスタンインパクト期の朝鮮王朝知識人の状況理解。日朝開国論の比較と、「小国意識」の「発見」。
著書A 第4章

近代化研究の為の理論的研究。
著書  未収録


開国以前における朝鮮半島諸王朝を取り巻く朝貢体制に関する研究。
著書A 第1章

1880年代、開化派の自国認識。「小国意識」と朝鮮王朝の財政状況の関係の説明。
著書A 第5章


韓国併合と朝鮮王朝知識人の「小国意識」の関係。
著書A 第6章


「小国意識」と「親日派」との関係。
著書A 第7章


解放後の韓国におけるナショナリズムの論理と「小国意識」。
著書A 第8章

研究のとりまとめの為の「ラフスケッチ」。
著書  未収録

朝鮮半島の国家と社会の関係に対するラフスケッチ。4)の財政状況の由来に対する補完的「ラフスケッチ」。執筆時期は4)の直後。
著書A 第2章

研究全体に対する理論的枠組みの再構築。
著書A 序章、第3章


残された課題

1. 二つの相対的なブラックボックスの存在
a)開化派から日本統治、特に三一運動以後の民族運動への連結
b)日本統治から解放後韓国への連結
→ 朴泳孝・東亜日報グループ・正統保守野党とつながる流れへの着目

2. 最終的に何故「李承晩の論理」が勝利するか
→ 李承晩による「権威主義体制」への着目


研究2:解放後の韓国の「権威主義体制化」
[著書B 『韓国における「権威主義的」体制の成立 − 李承晩政権の崩壊まで』(ミネルヴァ書房、2003年)]

 Q.民主主義を志向していたはずの、解放後の韓国は何故に権威主義体制化することになっていったのか。李承晩の「選挙により成立した権威主義的体制」を支えたものは何であり、そこにおいて李承晩の提示した「イデオロギー」は如何なる役割を果たしたか。
 A.韓国は、自らを取り巻く国際環境に挑戦することを行わなかった(できなかった)。李承晩の提示した「イデオロギー」、さらには李承晩の存在そのものは、そのような状況を韓国人に「説明」し、現状を認めさせるのに適合的であり、だからこそ多くの「候補者」の中で彼が生き残った。結果として李承晩によるイデオロギー的寡占状況が作り出され、それは彼による「権威主義的」体制をもたらすことになった。

論文等 概要
11)「日本統治期における韓国民族運動と経済の論理 − 東亜日報グループ研究(一)」
『国際協力論集』第5巻第2号 1-29頁


12)「米軍政期における「正統保守野党」の形成と特質 − 『東亜日報グループ』研究(二)」
『国際協力論集』第6巻第1号 1-28頁

13)「大韓民国の成立」
伊藤之雄・川田稔編著『環太平洋の国際秩序の模索と日本』山川出版社 95-124頁

14)「『正統保守野党』の変質と『東亜日報グループ』の政治的解体 − 韓国における「権威主義的」体制成立を巡る一考察 - 」
『国際協力論集』第9巻第2号 1-31頁

15)「脱植民地化と『政府党』 − 第二次世界大戦後新興独立国の民主化への一試論」
『国際協力論集』第9巻第1号 137-167頁


16)「韓国における民主化と『政府党 』 - 「与村野都」から「地域感情」へ - 」
西村成雄・片山裕編著『東アジア史像の新構築』青木書店 211-248頁

17)「第24期公開セミナー報告: 李承晩と韓国ナショナリズム」(講演)
『セミナーだより海』広島朝鮮史セミナー事務局 2001年秋号

18)「自由党体制の成立と崩壊 − 韓国における最初の『権威主義的』体制 − 」
『国際協力論集』第10巻第1号 147-166頁
『国際協力論集』第10巻第2号 87-107頁

19)「李承晩以後 − 四・一九から五・一六へ」
書き下ろし 東亜日報グループ研究の開始。グループの成長過程と、日本統治時代のシステムの中での東亜日報グループのあり方について考察。
著書B 第1章

米軍政初期における東亜日報グループの動向に関する基礎的研究。
著書B 第2章

本研究で扱う時期の韓国に関するラフスケッチ。
著書  未収録


1950年代における東亜日報グループの政治的解体過程。政治的、経済的状況からの説明
著書B 第3章


研究取りまとめの為の理論的考察。各国における独立直後のイデオロギー的状況と、権威主義体制化。
著書B 序章

本研究補完の為の、米軍政期、及び五〇年代の在地社会組織化の動向。
著書  未収録


李承晩に対する再考察。著書収録時に大幅改変。
著書 第4章



完成期の李承晩政権期の分析。
著書B 第5章



李承晩政権崩壊後の李承晩論に対するとりまとめ。
著書B  終章

残された課題

1.李承晩以後との関係の説明。特に、朴正煕政権における「イデオロギー的状況」は李承晩政権のそれと如何なる関係を有しているか。

2.状況に合致する「イデオロギー」が選択されるにしても、韓国におけるそれは些か極端すぎないか。もう少し具体的に考察する必要がある。


研究3(今後に向けて):軍事政権の経済的成功と政治的失敗
Q.「権威主義的」体制の袋小路へと到着した韓国は、如何にしてここから脱出、しかも、外界への挑戦や孤立を伴うことになく、成功裏に脱出することに成功したか。そして、韓国人はそれを如何に「説明」したか。
(裏返すなら、軍事政権の「説明」は何故、どのように失敗し、にもかかわらず、韓国は体制以降にも拘わらず、政治的・経済的方向性を大きく喪失することはなかったのか。)
A.軍事政権下におけるイデオロギー的角逐の中での、政治、経済、社会、国際社会等に関する一定の「説明」の確立。

論文等 概要
20)「韓国ナショナリズムにおける『統一』とプライド」
研究代表者・木村幹『ナショナリズムの「プライド」と「アイデンティティ」 − 冷戦後民族紛争からの考察 − 』平成13〜14年度科学研究費補助金基盤研究(C)(1)研究成果報告書 31-45頁

21)「民主化をいかに『説明』するか:韓国における民主主義を巡る議論への一考察」
  研究代表者・玉田芳史『東・東南アジア地域諸国の民主化過程に関する比較史的研究:地域研究と理論研究の架橋』平成13〜14年度科学研究費補助金基盤研究(C)(1)研究成果報告書 45-68頁

22)近代と文化に関する仮説的考察 − 比較文化研究への一視座として
『国際協力論集』第11巻第1号 頁数未定 韓国は現実問題として実現不可能な朝鮮半島「統一」について如何に考え、「説明」してきたか。現在の統一論に至るまでの過程を説明。



独立以後、頻繁な政治体制の変動を繰り返してきた韓国は、どうして87年以後は政治的安定を確立したか。韓国人は民主的体制をどのように議論し、どのような「説明」を獲得したか。



近代化と文化に関わる理論的考察。外界のインパクトに対して安定的に適合的な関係を構築するにはどのようであるべきかについて仮説的に考察。


研究4:その他の研究

ナショナリズムに関わる個別の研究

「サッカー日韓戦を通じて見た韓国ナショナリズム」
『体育の科学』(日本体育学会)48巻3月号 1-12頁
「朝鮮/韓国における近代と民族の相克 −『親日派』を通じて」
『政治経済史学』(政治経済史学会)第403号 10-30頁
「韓国ナショナリズムから見た日米韓関係」
『政治経済史学』(政治経済史学会)第421号 1-14頁
「97年末通貨危機と韓国ナショナリズム」
小林弘二・木村幹・佐々木信彰・唐亮編著『東アジアにおける政府と企業』関西大学法学研究所研究叢書第26冊 30-56頁

国家形成に関わるもの
「『高宗』から見た韓国併合 − 韓国近代史に位置づける」
The Journal of Pacific Asia Vo.9、27-60頁
「朝鮮における近代と国家」
木村雅昭・廣岡正久編著『国家と民族を問いなおす』ミネルヴァ書房 187-210頁
「備辺司謄録『座目』に見る朝鮮王朝末期官僚制の一研究 − 大院君政権から高宗=閔氏政権へ」
『国際協力論集』(神戸大学大学院国際協力研究科)第7巻第2号 33-65頁
「戸籍から住民登録へ - 解放前朝鮮半島における住民把握形態の変化 - 」
研究代表者・村松岐夫『途上国の地方行政システムと開発』平成9〜10年度科学研究費補助金基盤研究 (B)(2)研究成果報告書 29-42頁

その他政治文化等に関わるもの
「韓国大統領の政治的リーダーシップとその政治的基盤」
五百籏頭真編著『「アジア型リーダーシップ」と国家形成』
TBSブリタニカ 43-70頁
「『不潔』と『恐れ』 − 文学作品に見る日本人の韓国イメージに関する一試論」
岡本幸治編著『近代日本のアジア観』ミネルヴァ書房 103-120頁 


参考文献等(理論的構成に関わる主要なもののみ)

Plough, sword and book: the structure of human history / Ernest Gellner. -- Collins Harvill, 1988
Nations and nationalism / Ernest Gellner. -- Cornell University Press, 1983.
Imagined communities: reflections on the origin and spread of nationalism / Benedict Anderson. -- Verso, 1983
Nationalism: five roads to modernity / Liah Greenfeld. -- Harvard University Press, 1992
The interpretation of cultures: selected essays / by Clifford Geertz. -- Hutchinson, 1975
Political order in changing societies / by Samuel P. Huntington. -- Yale University Press, 1968.
Strong societies and weak states: state-society relations and state capabilities in the Third World / Joel S. Migdal. -- Princeton University Press, 1988
知識人と権力 : 歴史的-地政学的考察 / アントニオ・グラムシ [著] ; 上村忠男編訳. -- みすず書房, 1999.

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