韓国における政治システムの特質

− 国家と財閥・地主関係を中心に −

 

問題設定

 解放後韓国の経済発展 − 通説で言われる「強い国家」による「上からの近代化」

この為の必要条件

 1)「正しい」政策 − これについては政治学においては直接議論不可}

 2)政策の実行力 − 政府の政策は何故、如何にして、実現されるか

これに対する近年の反論

 韓国政の資源動員力、就中、財政的資源の僅少

例)1948〜1953期後発国財政負担率

Ceylon19%

Brazil18%

Cuba15%

Indonesia15%

Burma15%

Korea, Rep. of14.2%

Malaya14%

Colombia10%

1993租税負担率(社会保証含む)

Japan29.1%

Turkey23.5%

USA29.7%

Canada35.6%

France43.9%

Germany39.0%

Korea, Rep. of20.5%(1994 data)

これらのデータからもわかるように、

 韓国政府が韓国社会において動員している資源は決して巨大なものではない

→ 弱体な韓国政府(例・1960年代朴正煕政権)

勿論、

 それが軍事政権だからといって、巨大な影響力を行使できる訳ではない

例・中南米軍事政権、アフリカ諸国軍事政権

→ 正統性を欠く軍事政権は寧ろ政権維持に精一杯で改革を行う余力を有さないことが通常

これに対する再反論

 にも拘らず、韓国政府が結果として、巨大な力を有しており、ラジカルな改革を続けて来たことは事実

例・農地改革(李承晩政権)、銀行国有化(朴正煕政権)、地方自治撤廃(朴正煕政権)

→ 言うなれば、韓国においては、日本がGHQの力を借りてようやく実現できた改革(及びそれ以上のこと)を自力で成し遂げて来た

では、この力の源泉はどこにあるのか?

 

第一章 在地勢力との関係

 国家による「上からの改革」

− これが実現できる為には、国家が「社会」に打ち勝てればよい

→ 国家そのものの客観的な力も然ることながら、社会との関係の中で決定されて行く

それでは、

 国家の改革を阻み、これに抵抗する「社会」とは具体的には何かH

これを見て行くには「改革に失敗した国」の例を見て行けばよい

例・フィリピン

− 度重なる農地改革の試みは、議会に代表を送り込む、大地主層によって阻まれる

(在地社会での「票」と独自の経済的基盤を有する彼らの抵抗を排除することは困難

→ マルコス政権の経験)

では、韓国においては、このような「地蛛vの力はどうであったのか?

→ 韓国の農地改革を巡って

1)親日派問題

 解放直後の韓国の地主 − 数世紀にも渡って勢力を貯えて来たものではなく、日本統治時代の速な社会変化に対応する形で台頭

それは、即ち、

 彼等が日本統治の「子」であることを示す − 当然のことながら、彼等は限定的にせよ、日本統治の中で一定の政治的・社会的役割を果たす(日本との紐帯の存在)

例・地方諮問的「議会」への代送り込み、日本系金融機関の利用

→ これは彼等が解放以後「親日派」としての批判を浴びる結果となる

(正統性の喪失 → 政治的発言力の縮小)

2)「流動的」な社会と「近代的」経営

 伝統的な韓国社会 − そもそもが日本と異なって「土着的」性格が薄い

例・朝鮮王朝地主経営 − 小作人の20%が三年以内に入れ代わる

      百姓一揆 − 村役人ではなく、「革命的指導者」により指導される

このような性格は、

 日本統治時代の地主にも受け継がれる → 頻繁に変更される小作人

当然のことながら、

 このような地主・小作関係のあり方は、両者の紐帯を極めて不安定なものとした

→ 経済的関係にのみ留まる − 政治的動員の困難な関係へ

加えて、

 朝鮮半島における「大陸的」大規模農場経営 − 従来型の各地に散在する土地所有の形態を改め、これらを処分し、大規模な農場へと改組することが行われる

→ 伝統的紐帯の破壊

この結果としての、

 1948第一回韓国国会議員選挙 − 地主政党(韓国民主党)は地方で寧ろ苦戦

→ 議会におけるイニシアチブ獲得を当初から失敗 → 農地改革へ

→ 地主勢力の完全な政治的失墜(旧韓民党指導者の全員落選)

CF.日本との対比 − 農地改革後も自らの地方での権威を維持した旧指導者層

(経済的紐帯にのみならず、社会的紐帯の存在)

CF.「農耕社会論」の問題

朴正煕政権において、地方自治が簡単に撤廃可能であったのも、

 韓国においては地主を中心とする在地社会の紐帯が存在せず、それ故、地方政治家の権力が不安定であったことによる、と考えられる

CF.頻繁に選挙区を変わる韓国国会議員

 

第二章 財閥の敗北

 「上からの改革」を阻む、第二の存在としての、財閥(企業)

∵ 企業は自らの利潤最大化の為に政の介入を嫌う

− これは特に市場を寡占的に支配する巨大財閥において顕著

また、

 財閥は、自ら「票」を支配することは少ないが、自らの豊富な経済的資源を利用して、時の政権への対立勢力を支援し、これを間接的に倒すことはできる

(また、逆に時の政権への政治資金提供を通じて、その政策を転換させることも可能)

そして、周知のように、

 韓国は世界でも有数の財閥を有する社会である → にも拘らず、財閥は国家に対して優位な立場に立つことはない

例・1992大統領選挙 − 現代財閥総帥鄭周永の惨敗

  全斗煥・盧泰愚裁判 − 拘禁こそされなかったものの、財閥総帥が軒並み処罰される

  韓宝事件 − 政治的判断による「不良財閥」切り捨て

それでは、

 何故に、韓国の巨大ビジネスは、国家に対して従属しつづけているのか

これを見るうえでの、

 韓国財閥の特徴 − 自らの直接支配下に置く銀行の不在

対比・日本の財閥 − 三井銀行、三菱銀行、住友銀行、富士銀行、等々

 (寧ろ、銀行こそがその中核と言える)

これに対して、

 韓国の財閥は、実業・商業部門がその中核 − 故にその経営においては、外部資金に頼らざるを得ない

それでは、韓国の銀行はどのような状態にあるのか

 1948〜1957 韓国政管理

 1957〜1961 財閥支配

 1961〜1980s 韓国政府直接管理

 1980s〜現在 株式分散所有

また、

 現在においても、融資規模や経営状態によっては、企業への融資に当たって、政府の認可が必要 → 韓宝事件の直接の原因

(経営状態の悪い企業は認可獲得の為、政府関係者に政治資金を譲渡する)

しかし、常識的に考えれば、

 銀行 − 自前の資金を有する関係上、尤も政府に対して自立的な行動が可能

→ その銀行が何故、簡単に「国有化」され、「管理」されてしまうのか

これを見る上で重要なのは、

 そもそもの韓国の銀行が政府管理の状態から出発した、ということ

この原因としての、「日産処分」

 日本統治時代の韓国における銀行

 総督府系国策銀行(朝鮮銀行・朝鮮殖産銀行等)   → これらは日本統治末期の

 韓国人資産家経営銀行(朝興銀行・朝鮮商業銀行等) 総力戦体制の中、統合整理

結果として、

 1945年段階では、朝鮮半島における銀行は、殆どが実質的な総督府管理下に入る

それが、

 米軍政期(1945〜1948) − 日本人資産の接収

→ 土地・企業等を含めて全てが米軍政庁支配下に入る → 大韓民国政府への継承

結果として、

 韓国の銀行は、全て政府の直接支配下に入る

→ 政府はこの銀行を通じて、財閥や企業を自らの指示に従わせる

例・韓国民主党の「民主化闘争」

 (↑当時、朝鮮半島における、最大の地主であり、最大の民間企業グループである、「東亜日報グループ」≒「湖南財閥」≒「三養財閥」が直接後援)

  李承晩は、この野勢力の力を削ぐ為に、

  1)農地改革、2)野党系企業への金融貸出制限、

  3)自らを支持する者への同業資本安価払い下げ

背景

 日本統治期の経済体制 − 朝鮮人資は半島の20%を占めるのみ

→ 旧日産を管理する韓国政府は、出発時点において、80%の資を掌中に収める

→ 旧日産の政治的利用

結果として、

 湖南財閥≒三養財閥の財閥としての地位は速に低下

 1945  一位

 1960  三位

 現在 三〇位以下

この結果、同財閥からは、財閥の中核企業である京城紡織が脱落、

 与党化され、資金調達の為、株式公開に踏み切らざるを得なくなる

→ 政治過程からの湖南財閥の後退

同様の過程は以後も繰り返される、

 李承晩時代の最大の特恵財閥「三護財閥」 − 李承晩政権崩壊と共に、勢力を失う

∵ 資金調達の不可化 → 銀行管理企業への転落(事実上の再国営化)

ここに見られるのは、

 1)政府の強力な金融への影響力 → 2)財閥の政府による選別

                        ↓

 6)財閥の選別と経営危機 → 3)財閥の与党化(与党への献金)

        ↑               ↓

 5)新政権の支持基盤拡充の為の ← 4)政権の崩壊

  旧政権系企業の「浄化」

こうして、韓国の財閥は、政府に対して従属することを余儀なくされる

(長期政権よりも政権交代が財閥の政治的後退を促す)

cf.金泳三政権 − 鄭周永(現代)逮捕、朴泰俊(浦項製鉄)訴追

→ 特に後者は金泳三のレイムダック化により、先月政界復帰

また、

 1960年代以降の輸出企業への転換 − 前段階としての生産設備輸入の必要

→ ここにおいても政府の外貨管理という、「壁」に直面

ここにおいて、

 生存への道 − 政府との協調による、政政策の積極的な履行

つまり、ここにおいて、

 財閥は、政府に対する対抗勢力としてではなく、政府の政策を進んで体現する、政策執行の為の一部門になることとなる(金融資源獲得の為の政策への協調)

例・典型としての「三星財閥」

 50年代 − 「三白」、60年代 − 繊維、80年代 − 電器

結果として、

 韓国の財閥は「横並び式」に政支持を打ち出すこととなる

つまり、

 結論的に言えば、韓国においては、旧日産管理の関係上、独立当初から、韓国政府が巨大な資本として登場し、その自らの力を利用して、ビジネスを自らの影響下に取り込んで行った、ということができる

 

むすびにかえて

 このような韓国における「国家優位」「社会劣位」の体制は、今後どうなるのか

変革の可性

 1)地方自治導入 − 地方議会における自らのより一層の権益を求める声の登場

 2)民主化    − 政治的民主化から経済的民主化?

にも拘らず、当面はこの体制は維持されるものと思われる

 ∵ 1997大統領選挙 − 誰が勝利しようと金泳三及び、PKの指示には従わない

   → 自らの権力基盤確立・国民の支持獲得の為の「腐敗追求」可性大

   → その最大の「被害者」としての財閥

結果として、

 財閥に対する国家の影響力は、五度強化されよう

いずれにせよ、

 金融、就中、銀行に対する政府の支配力が存続しつづける限りは、財閥は政府に表立って反対することは不可能であるし、その構造は変化しない。また、この構造が存在する限り、財閥・企業は自らの生き残りの為、政府及びその関係者への接近を続け、その結果として韓国政治の腐敗は継続するであろう

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