京都大学大学院文学研究科・高橋秀直ゼミ 「書評会」用レジュメ 2001.7.20.

『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』
− 研究とその背景 −

神戸大学大学院国際協力研究科 助教授
木村 幹

1.報告の視点

 木村幹『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(ミネルヴァ書房、2000年)について、その最終編集作業が終わってから1年以上が経過した現在の段階において、自らの研究史的流れの観点からの整理と反省を行うことにより、その学問的再評価を試みる。
進んで、政治学者(比較政治学者)として、朝鮮/韓国史研究において、自らが果たすべき役割と、果たすことができることを再確認し、今後の研究の方向性を確認する。

2.研究の前史

A.研究対象地域の選択
根底としての問題意識 − 「近代化」とは何か?
→ この問題を考える上での対象選択
当初・当時興味を有していた「イスラム圏研究」を考える → 挫折
挫折の理由 1)語学的負担の大きさ 2)「第一線で研究する」ことの困難
→ その結果としての、対象の選び直し
では、何故、朝鮮/韓国をフィールドに選んだか?
1)語学的負担の小ささ
2)「日本人であること」のメリットの存在
3)「日本で研究すること」のメリットの存在
4)従来の研究における極端な偏り
5)同じ一国における近代化の「失敗」と「成功」の存在

B.研究対象時期の選択
当初の問題意識 − 平成2年頃
1) 眼前に存在する韓国の急速な近代化と、韓国併合以前の近代化失敗との、明白な対照
→ これを説明する必要があると考える
2) 韓国併合以前の朝鮮/韓国近代化「失敗」の特色としての、
(a) 実態としての「開化」の欠如
(b) 公的な軍事力を動員しての抵抗の欠如
背景・トインビー的な「文明の伝播」への関心、勝田吉太郎のロシア研究
→ 唯一、本格的な軍事的抵抗が行われた大院君政権期を分析すれば、何かわかるのではないか?
(c) 従来の開化派研究への疑問 − 何故に開化派は親日派へと転落したのか
→ 思想の出発点から見れば、何かわかるのではないか?
結果として、
 研究の出発点として、1860年代をスタートポイントに選ぶ

C.研究手法の選択
1) 前提としての、研究目的における「事実の発見」そのものよりも、「因果関係」の重視
→ ケーススタディとして、朝鮮/韓国の近代化を研究しているのであり、事実そのものの探求を目的としているのではない → 事実そのもの以上に、それがどのように理解できるか、が重要
2)比較可能なケースとしての提示の必要 − 上記の目的を達成するために、最も必要なものとしての、「固有名詞を使わず説明できる形での、事実の提示
→ これまで特殊なものとして提示されてきた、朝鮮/韓国史をどのようにして、他研究分野の人間と共有できるものにできるか
→ そのためには、従来の朝鮮/韓国史研究の論争テーマではない、何か他のものが必要
3)手がかりとしての、「近代化」における「政治」の役割 − 政治はいかなる役割を果たし得るか
CF.ミュルダール『アジアのドラマ』 − ソフトステート論
4)既存研究の活用 − 文献解読能力、語学能力、時間の制約等の関係もあり、一次文献を参照しつつも、基本的に二次文献をフルに活用しての研究
5)他国の事例からの示唆の獲得 − 自らの研究が他地域のそれと会話が可能であることを確認するために、膨大な他国の事例を参照する

3.各論文の執筆順紹介

A.「儒教的レッセフェール」と朝貢体制 平成4年 (本書 第四章)
原田環の朴珪寿研究を土台にしつつ、それを同じく開国論者であった武臣・申木憲と対比することにより、朝鮮王朝の開国思想には、開化へのインセンティブが決定的に欠如していたことを「発見」。その原因を、朝鮮王朝の朝貢体制への包摂と、それ故の過度の小国性の認識に由来しているのではないか、という仮説を提示( → 実証の必要)。 
まだ、ナショナリズム研究にはなっておらず、歴史研究の性格が強いものの、本書の着想の核は本論文にある。
論文の構想段階において、勝田吉太郎のデカブリスト研究に影響を受けている。

(この間、第一回韓国留学。語学研修とD.F.の資料収集。朴泳孝についても構想を持っていたが不発に終わる)

B.産業社会における分業と政治(隠れた研究@ 愛媛法学会雑誌 20-2) 平成5年
愛媛大学で「政治学」の講座に座ったために泥縄式に理論的論文を書く必要が生じたので、E. Gellnerを扱った論文を書いた。結果として、近代化と社会的流動性の関係、朝貢体制分析への示唆を得る。また、この論文を書いたことにより、自らの研究がナショナリズム研究であることを意識するようになる。

C.「徳治」の論理と「法治」の論理 平成5年 (本書 第一章)
着想を得たので、先に仮説で一方的に提示した朝貢体制について分析する。ネーション形成における「閉じた系」の重要性を利用することにより、単に朝貢体制について触れるだけでなく、それを「海禁」と結びつけて理解するに至る。E. Gellnerに加えて、B. Andersonの影響を受けている。

D.近代朝鮮の自国認識と小国論 平成6年 (本書 第五章)
立て続けに「大風呂敷」を広げた論文を書いたこともあり、一部で筆者の研究姿勢への批判的見解が見られるようになったので、論文Aの続編としてかねてから用意しておいた(平成4-5年の韓国留学で資料収集)金允植に関する研究を行い、それに江戸幕府と朝鮮王朝の財政規模比較研究(原型は平成3年頃作成)を付け加えることにより、研究の形をまとめる。この時点では開化派研究の傾向を強く残しており、ナショナリズム論への転換は不徹底。

E.国家の「強さ」と社会の「強さ」 平成6年 (本書 第二章)
先の論文で朝鮮王朝のソフトステート性が明らかになったので、進んでその原因について、仮説を提示する。この論文において提示した、流動的な韓国社会の性格ゆえの、解放後韓国の権威主義体制、という着想は、現在の「権威主義体制研究」の母体。以下しばらくこの課題は積み残すことに。G. Hendersonと服部民夫の影響を強く受けている。

F.「売国」の論理 平成7年 (本書 第六章)
同じく先の留学で資料収集しておいた李完用の研究を行うことにより、とりあえず、開国派から開化派、親日派へと続く思想の流れに関する研究を完成させることを意図する。資料不足で苦労する。儒教国家論の観点からの分析は不徹底。

G.平和主義から親日派へ 平成7年 (本書 第七章)
李完用研究を行ったこともあり、親日派というものに対する関心が強まる。たまたまE.の論文執筆に当たり資料調査をしていた時に目にした、朱耀翰の「赤手空拳」に興味を持ち、李光洙・朱耀翰についてまとめる。これにより、日本統治下の親日派についても一定の説明を行う。尤も、文学研究の世界において無数に存在する李光洙研究について未消化な部分が残り、後に大きな訂正を余儀なくされる。
解放直前の社会的雰囲気に対して一定の理解を持つことができたことが最大の収穫。

(第2回韓国留学。H、I、J、Kを資料収集しながら執筆すると共に、現在の研究の基礎となる資料収集。本来解放後の「興士団」研究であったものが、発展して「東亜日報グループ」研究となる。「興士団」研究そのものはお蔵入りとなる。)

H.「小国意識」とナショナリズム 平成7年 (本書 第八章)
当初の目的であった、対照的な韓国併合以前の時代と、解放以後の時代を取り結ぶものとして、開化派の流れを引く解放後韓国の指導者であった李承晩に着目する。その論理構成に着目し、それを韓国留学の中で確認することにより、小国意識と解放後の韓国ナショナリズムを連結させることにより、一定の範囲ながら、失敗した近代化と成功した近代化を同じ思想の流れで説明できると考える。本書第2部の構成できあがる。

I.朝鮮/韓国のナショナリズムと小国主義(隠れた研究A あうろーら 二) 平成7年
ほぼまとまったと思われたので、その着想をナショナリズムの流れとして一つの文章にまとめて見る。

J.朝鮮/韓国における近代と民族の相克(隠れた研究B 政治経済史学 403) 平成7年
同時に、思想史研究としての、開国派・開化派・親日派研究がある程度まとまったと思われたので、とある編著の一章として執筆する。が、余りに個別的な対象に偏ったものだったので、編著に合わず、お蔵入りとなる。2000年、修正を加えて公表。

K.「臣民」からネーションへ 平成8年(本書 序章、及び第三章)
これらの研究を本にまとめる必要が生じ、その序章的存在として執筆する。Greenfeldのイギリス研究から着想を得、「臣民」からネーションへと筋で話をまとめることにする。本書には、序章と第3章に分割して集録。

L.朝鮮における「近代」と国家(隠れた研究C 国家と民族を問い直す) 平成8年
J.の代わりの論文として書く。これまでの論文の背後にあった各々の思想を生み出した朝鮮半島の弱体な「国家」のあり方に着目し、この枠組みを持って解放後の韓国・北朝鮮政治についてまで踏み込んで分析する。本書の、むすびにかえて、の背景となる論文。

(平成7年秋〜平成8年夏・本書の編集・加筆。出版者の都合で長く本が出なかったので、平成11年再加筆。)

4. 本書の「理論的」構成 − 自らによる研究史再構成

★ 序章 前提としての「近代」とナショナリズム
 ナショナリズムに対する作業仮説の提示 − E. Gellner, B. Anderson, L. Greenfeld, C. Geerzの研究を手がかりにして、「近代という時代を読み解くための手がかりとしてのナショナリズム」に対する理論的視点を明らかにする。
 即ち、(1)「実態」としてのネーションの形成、(2)「意識」の上でのネーションの形成、(3)「論理/イデオロギー」としてのナショナリズムの形成、(4)これらの「近代」との葛藤の分析の必要
→ ナショナリズムが形成されるまでの過程には、(1)〜(3)までの三つの異なる過程が存在し、それぞれが(4)の問題を有している

★ 第一部 韓国におけるネーションの形成

○ 第一章 「徳治」の論理と「法治」の論理 − 序章の(1)に相当
朝鮮/韓国ナショナリズムの前提条件としての「前近代」における「朝貢体制」についての理論的/歴史的分析。中華帝国における「帝国」としての建前が、まず、「朝貢体制」という独特の国際体制を生み出し、それが「海禁」の論理を獲得することにより、朝鮮半島をはじめとする中華帝国の周辺部において、実態としての画一的な集団を作り上げていったことを明らかにする。

○ 第二章 国家の「強さ」と社会の「強さ」 − 序章の(1)に相当
同じく前提としての朝鮮/韓国ナショナリズムの前提となる「前近代」及び「近代」の朝鮮半島内部の社会分析を行う。朝鮮半島の社会の高度な流動性とその形成過程を再確認すると同時に、それが、朝鮮王朝末期における国家の極端な弱体と、逆に大韓民国期における社会に対する国家の優越を同時に齎したことを指摘する。

○ 第三章 「臣民」からネーションへ − 序章の(2)に相当
以上のようにして形作り上げられた、「実態」としての将来のネーションたるべき集団が、ネーションとしての「意識」を獲得してゆく過程を明らかにする。そこにおいて近代固有のものとしてのネーションを、他と区別するために、当該集団がその固有の権利として独自の主権国家を所有するに至るまでにどのような過程があるか否かに着目し、これが朝鮮半島においては、華夷意識から臣民意識へ、そして臣民意識からネーションへという過程をたどったことを明らかにした。

★ 第二部 小国意識とナショナリズム − 序章の(3)に相当

○ 第四章 「儒教的レッセフェール」と朝貢体制
ウェスタン・インパクト期の朝鮮王朝における、自国意識について分析。これにより、少なくともこの時期における朝鮮王朝において、幕末期の日本のそれとは全く異なる、自己を「小国」であるとする自己認識が存在し、それこそが、日朝のウェスタン・インパクト更には、「近代」そのものへの対応を分けたことを明らかにした。従来の開化派研究批判。

○ 第五章 近代朝鮮の自国認識と小国論
以上のようなウェスタン・インパクト期の自国認識のその後について明らかにする。朝鮮王朝においてもこのような小国意識からの脱却の動きはあったが、それが朝鮮王朝のソフト・ステート性により封じ込められたことを明らかにする。

○ 第六章 「売国」の論理
以上のようにして脱却を阻まれた小国意識が韓国併合の中でどのような意味を有していたかを明らかにする。その中で韓国併合もまた、小国意識から出発した、朝鮮王朝の一種の(破滅的)「後退戦略」であったことが明らかにされる。

○ 第七章 平和主義から親日派へ
日本統治期における小国意識の行方について明らかにする。1920年代における利用可能な資源過少による民族運動の行き詰まりと、「神なきナショナリズム」故の論理的限界が、一部の独立運動家をして、彼等の中での小国意識を再確認させることとなったこと、そして、それ故にこそ彼等が親日派へと転落してゆかざるを得なかったことが明らかにされる。

○ 第八章 「小国意識」とナショナリズム
最終的に韓国ナショナリズムの中で小国意識が如何にして「克服」されていき、その論理が獲得されたかが明らかにされる。それが結果として、自らが小国であることを否定することの上にではなく、小国であることこそが意味を有していることを強調する論理体系を有していることが指摘される。

5.研究への批判・反省
本書出版以後の批判
1) 小国意識「のみ」で朝鮮/韓国近代史を理解することへの批判
→ 基本的には誤解であるが、書き方や他の点についての言及が不十分であることは事実
2) 開化派研究の観点からの批判 − 不徹底、研究のブレ
→ 否定できない。そもそも開化派とは何であったのかについては、未だに明確な理解がない
3) 李承晩以後との連関の不完全
→ 特に1980年代以降の変化については、より掘り下げる必要がある

6.現在の研究との連関
 「ナショナリズム・研究シリーズ」としての本書の位置付け
→ 「独立」に至るまでの過程をネーションの形成過程として理解することは良いとしても、「独立」以後については、「独立」により獲得された「国家」が如何なる役割を果たしてきたが重要
また、韓国政治研究における、「経済発展」と並ぶ重要なイシューとしての、「民主化」
→ 「ネーション・ビルディング」に続いて「ステート・フォーメーション」の観点からの分析が必要
この問題については、
 日本統治期については、宮嶋博史の「土地調査事業」を巡るものを含めて、多様な研究が存在
→ これに対して決定的に欠如している、第一共和国期(1948-1960年)研究
自分の研究の観点からも、この時代は様々な意味で重要
1)「ナショナリズム・研究シリーズ」と民主化研究を繋ぐ時代的結節点
2) 李承晩研究の再確認
3) ナショナリズムの「結果」の確認
− ステート・フォーメーションの過程でナショナリズムはどのような役割を果たしたか
4) 積み残してきた「流動的な韓国社会」の政治的影響
→ これらは取り合えず「東亜日報グループ研究」として出発し、この数年でこの第一共和国研究は、「第2次世界大戦後の新興独立国においてどうして権威主義体制化が起こり、何故韓国においては(他国とは異なり)ここから、教科書的な民主化が可能となったのか」を明らかにするための研究の一部としてまとめる予定

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