所謂「竹島問題」について

 

1.「竹島問題」とは何か?

 

a)今日における「竹島問題」 − 国連海洋法条約と竹島紛争

b)地理的位置 − 竹島

(西島=0.17平方`・東島=0.05平方`・その他40近くの岩礁他=総計0.23平方`

 最高点=標高157m、東西島間150m)

  鬱陵島・隠岐島との関係

c)紛争の背景 − 資源的価値(アシカ漁・海底資源の有無)・政治的思惑

 

2.朝鮮から見た竹島

 

1)于山国

2)高麗・朝鮮両王朝における「武陵島」・「于山島」・「鬱陵島」

3)「空島政策」

4)1905年の「不当な」併合

5)李承晩ライン (1952年) − 日本への警戒

6)韓国警備隊の常駐 (1954年)

 

3.日本から見た竹島

 

1)17世紀 − 鬱陵島ヘの漁業基地

2)文献初出 − 『隠州視聴合記』(1667年)

3)朝鮮人との衝突(1692年) 

4)鬱陵島の朝鮮領確認 (1882年) → 鬱陵島への渡航禁止

5)「りゃんこ島領土編入並に貸下願」(1904年)

6)竹島領土編入

7)戦前の竹島 − 海軍所有の「アシカ生捕、海草貝類捕獲繁殖」の地

8)占領軍の措置

 1945.11. 1.日本主権の「四島及び連合国の決定する諸小島」への制限

 1946. 1.29.SCAPIN(連合国覚書)677

    鬱陵島・済州島と並んで竹島への日本主権停止

 1946. 6.22.SCAPIN-1033

 ッカーサーラインからの竹島排除(日本船舶・乗組員接近禁止)

9)講和条約と日韓対立の開始 − 「竹島の回復」

10)ッカーサーラインの廃止 1952.4.25.

11)在日米軍使用の空軍訓練水域への指定 1952.7.26.( → 廃止 1953.3.19.)

 

4.両国の主張

 

1)韓国

 a.独島は新羅以来の韓国の固有の領土である

 b.空島政策は王朝としての主権の行使である

 c.1905年の日本の「編入」は日本軍による漢城占拠と言う異常事態下でのもの であって到底認められない。当時の状況から韓国にこれに抗議できる筈はな かった。また、国内的な「訓令」を以って領土の編入の宣言、というのは適切 ではない。

 d.韓国の主張は一連のSCAPINからもわかるように国際的にも認められている

 e.そもそも独島は鬱陵島と不可分な鬱陵島の「属島」であり、これを鬱陵島と 分離することはできない。

 f.韓国側の領有権は明確なので敢えて日本と国際司法裁判所で争う必要はない

2)日本

 a.竹島に韓国が甞て関係を有していたことは承認する(議論しない)

 b.空島政策は、韓国による竹島への「実効支配」の放棄であり、その時点で韓国の領有権は消滅している

 c.従って1905年の段階では竹島は「無主の地」であり、日本の領有宣言はこの観点からも正当である

 d.この時点での併合が各国に認められたことは、いかなる国からもクレームがつかなかったことからも明らかである

 e.一連の連合国文書は飽くまで連合軍の日本統治の為の暫定的な措置であり、日本領土を最終的に確定したものではない。また、竹島の放棄は、鬱陵島・済州島と異なり講和条約にも明記されていない。そもそも講和条約の当事者でな い韓国が講和条約や連合国文書を主張として持ち出すのはおかしい。

 f.仮に韓国側の主張に一定の正当性があったとしても、一方的な竹島占拠は不 当であり、領土問題については両国の間できちんとした協議が必要である。また、韓国が国際司法裁判所への提訴に応じないのは理解できない。

 

5.むすびにかえて − 国際法・国際政治における領土

 

1)力の世界、としての国際政治 − それを秩序付けるものとしての国際法

 例・占領 − 抵抗が全て収束した領域に対する取得

   任意的併合と強制的併合

 背景・西欧列強の間の法としての国際法

2)「固有の領土論」の不毛 − 何が「固有」か

3)日韓両国における「法」と「道義」に対する考え方

 例・光州事件と「違憲」問題、日韓併合問題

4)韓国世論とナショナリズムの特殊性

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